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名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)2676号 判決

原告(反訴被告) 真野産業株式会社

右代表者代表取締役 真野茂夫

右訴訟代理人弁護士 鍵谷恒夫

同 矢島潤一郎

被告(反訴原告) 田中洋

右訴訟代理人弁護士 吉見秀文

主文

一、被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、別紙物件目録(一)記載の土地について同目録(二)記載の土地を共同担保として別紙目録記載の内容の根抵当権設定登記手続をせよ。

二、被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、別紙物件目録(二)記載の土地について名古屋法務局甚目寺出張所昭和五四年一〇月二七日受付第九九四五号をもってなされた根抵当権設定登記の債務者に「海部郡大治町大字西條字南屋敷九四番地田中建設株式会社」を追加する更正登記手続をせよ。

三、被告(反訴原告)の請求を棄却する。

四、訴訟費用は本訴反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告(反訴被告)

主文同旨

二、被告(反訴原告)

1. 原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、別紙物件目録(二)記載の土地につき名古屋法務局甚目寺出張所昭和五四年一〇月二七日受付第九九四五号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

2. 原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

3. 訴訟費用は本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

第二、当事者の主張

一、本訴の請求原因

1.(一) 原告(反訴被告。以下原告という。)と被告(反訴原告。以下被告という。)は昭和五四年一〇月二五日頃、別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地(一)という。)及び同(二)記載の土地(以下本件土地(二)という。)につき、これらを共同担保として原告を権利者、被告を設定者とする左記内容の根抵当権設定契約(以下本件設定契約という。)を締結した。

極度額 三〇〇〇万円

債権の範囲 商品売買取引 金銭消費貸借取引 手形貸付取引 手形割引取引 手形債権 小切手債権

債務者 被告及び田中建設株式会社(住所愛知県海部郡大治町大字西條字南屋敷九四番地、以下会社という。)

(二) ところで本件設定契約のうち会社を債務者とする点については原・被告間で明示の意思表示はなかったが、以下に述べる事情によれば右の点について黙示の合意があったというべきである。

(1)  原告は木材・新建材等の販売を業とする株式会社であり、被告は昭和三一年頃から「田中建設」の商号で建設業を営んできたものである。

原告は被告に対し、昭和五三年三月二七日以降、継続的に木材等を販売してきたが、右取引継続中の昭和五四年九月三日、被告は被告を代表取締役とする会社を設立し、それまでの個人経営を株式会社組織に変更した。その結果、会社設立以後は原告と会社との間で木材等の継続的取引がなされた。

(2)  ところで原告は会社設立の事実を知らなかったため、設立以後は客観的には原告と会社との間で取引がなされていたにもかかわらず主観的には被告との間の取引が継続しているものと信じていた。

原告が会社の設立を知らなかったのは、

① 被告は会社設立について、原告などの取引先に対し会社設立の通知をしなかった。

② 被告の住所と会社の所在地は同一であり、商号も会社設立の前後をとわず「田中建設」であった。

③ 会社設立の前後を通じて業務の内容(シンコーホームの建売建築の下請工事)、取引の規模、事務所の所在地・外見、企業の構成員、従業員、取引先、顧客等外観的営業形態にほとんど変化がなかった。

④ 会社設立後も企業経営は事実上被告のワンマン経営で、これを妻が帳簿の記入等で補佐する形であったことは個人営業時と変化はなく、勿論取締役会など開かれたこともない。

⑤ 会社が原告に対し、売掛金の支払のために会社名義で振出した約束手形については原告の従業員が集金に行って受取り、それをそのまま取立銀行にまわしていたので、約束手形が決済されている限り原告代表者としては振出人が会社名義になっていることを意識することはなかった。

以上の事情によるものである。

(3)  ところで原告は本件設定契約締結当時、会社に対し販売した(原告の主観としては被告に販売したものと信じていた)木材等の販売代金の支払のために会社から合計七通四二〇八万八〇二四円の約束手形を受領しており、その後においても約束手形金債務は取引の継続により引き続き増大して発生することが予想されていた。(事実、会社が倒産した昭和五五年一二月一六日時点で会社に対する売掛金債権は九六二九万六三五九円に達していた。)

そこで原告は被告に対し、「金額も多いし、今後の取引のこともあるので土地を担保に入れて欲しい。」旨を申入れ、本件設定契約が締結されるに至ったのである。

よって、原・被告が合意した被担保債権の範囲には原・被告間の継続的取引のほか「今後の取引」即ち原告と会社との間の継続的取引によって発生する債権も含まれるものと解すべきである。

2. 原・被告は、昭和五四年一〇月二六日、本件設定契約に基づき、長谷川歌子司法書士(以下長谷川司法書士という。)に対し、根抵当権設定登記手続を依頼したが、その際両名の錯誤により本件土地(二)についてのみかつ債務者を被告のみとして右登記手続の依頼がなされ、長谷川司法書士はこれを受けて本件土地(二)につき名古屋法務局昭和五四年一〇月二七日受付第九九四五号をもって根抵当権設定登記(以下本件登記という。)手続をなした。

(原・被告が本件土地(一)につき長谷川司法書士に対し、設定登記手続を依頼しなかった事情)

(1) 原・被告は被告事務所において本件設定契約を締結した際、目的物件については「尼ケ須賀の道路付きの土地全部で倉庫のある土地」という表現でのみ特定し、厳密に地番をもっては特定しなかった。

(2) 被告は本件設定契約締結の際、長谷川司法書士から登記手続に必要な書類として右土地の権利証を持参するようにとの指示を受け、後日右指示に従い右土地の権利証として本件土地(二)の権利証を同司法書士事務所に持参した。その結果同司法書士は右権利証に基づき本件土地(二)についてのみ本件登記手続をなしたのである。

(3) このような結果となったのは、被告自身目的物件が二筆に分かれていることを明確には知らなかったので目的物件の権利証としては本件土地(二)の権利証のみで足りると考えたこと、また、原告も目的物件が二筆に分かれていることを知らなかったため、被告が本件土地(二)の権利証のみを持参したことを怪しまなかったことによるものである。

よって原告は被告に対し、本件設定契約に基づき本件土地(一)について本件土地(二)を共同担保として別紙目録記載の内容の根抵当権設定登記手続及び本件土地(二)について本件登記の債務者に「海部郡大治町大字西條字南屋敷九四番地田中建設株式会社」を追加する更正登記手続をそれぞれ求める。

二、本訴の請求原因に対する認否

1.(一) 本訴の請求原因1(一)の本件設定契約の内容のうち、目的物件に本件土地(一)が含まれること及び債務者に会社が含まれることは否認し、その余の事実については認める。

(二) 同1(二)の事実のうち(1)は認め、(2)は否認し、(3)は争う。

原・被告が債務者を被告とする旨合意したのは原告は本件設定契約締結当時、被告から材木の売掛債権の支払のため合計一七通七三五六万一三七四円の約束手形を受け取っており、右約束手形のサイトはいずれも五ケ月半という長期のものであったことから右約束手形が全て決済される昭和五五年一月三一日までの間は債務者を会社ではなく被告にしておく必要があったからである。

なお、原告が本件設定契約時に会社設立を知らなかったという主張に対しては次の反論がある。

(1)  被告は会社設立後原告をはじめとする取引先には会社設立の挨拶状を差出し、原告には記念品まで配布している。

(2)  事務所の所在地は個人経営の時と同じであったが、事務所の表示はそれまでの「田中建設」から「田中建設株式会社」に変り、会社の事務所であることを外部的にも明瞭に表示した。

(3)  会社は会社設立後の取引については、全て会社名義の約束手形を振出して代金の決済をしていたし、原告から交付される領収書も宛名は会社として受領していたのである。

仮に原告代表者が会社設立を知らなかったとしても、右のような領収書を作成している以上、原告が知らなかったということにはならない。

(4)  原告は会社に対する破産事件につき、木材等の売掛債権を会社との取引による債権として破産債権届出をなし、確定しているのであり、会社設立を知っていたものである。

2. 同2の事実のうち原・被告が昭和五四年一〇月二六日、長谷川司法書士に依頼して本件土地(二)につき本件登記手続をなしたことは認め、その余の事実は事情も含め否認する。

原告はあらかじめ被告所有土地について調査し、本件土地(二)の登記簿謄本でもって被告に対し、根抵当権の設定を要求してきたので被告はこれに応じたのである。

三、本訴の抗弁

(本件設定契約の内容のうち債務者に会社が含まれると認められない場合の抗弁)

会社(代表取締役被告)は昭和五五年一二月一六日名古屋地方裁判所において破産宣告を受けたことに伴い、遅くとも同日までに原告と被告との間の継続的取引も終了した。

四、本訴の抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。

五、反訴の請求原因

1. 被告は本件土地(二)を所有している。

2. 本件土地(二)につき原告のため本件登記がなされている。

よって被告は原告に対し、所有権に基づき本件登記の抹消登記手続をすることを求める。

六、反訴の請求原因に対する認否

反訴の請求原因事実は全て認める。

七、反訴の抗弁

1. 本訴の請求原因1記載のとおり。

2. 本件登記は本件設定契約に基づくものである。

八、反訴の抗弁に対する認否

1の事実については本訴の請求原因1の事実に対する認否と同旨であり、2の事実については否認する。

九、反訴の再抗弁

本訴の抗弁と同旨。

一〇、反訴の再抗弁に対する認否

本訴の抗弁に対する認否と同旨。

一一、反訴の再々抗弁

仮に本件設定契約において会社を債務者とする合意がなかったとしても、会社の法人格は原告に対する関係で否認されるべきであって前記会社に対する九六二九万六三五九円の売掛債権は被告に対する債権とみなされるべきである。

会社の法人格が否認されるべき根拠としては次の事実がある。

1. 被告は会社の設立を原告を含めその取引先に通知しなかった。

2. 「田中建設」の通称も続用された。電信電話公社(当時)発行の昭和五五年五月一日現在の電話帳においても、被告企業は会社名に変更されていないし、その後においても会社名に変更されたことはなかった。

3. 業務の内容、取引の規模、事務所の所在地・外見、企業の構成員(同族会社)、従業員、顧客、取引先等も被告の個人営業当時と変化がない。

4. 会社の設立登記においても被告が勝手に親族、従業員、友人名義を使用して株主の形式を整えたものにすぎない。従ってその出資金も被告が全部負担している。

一二、反訴の再々抗弁に対する認否

反訴の再々抗弁の主張は争う。

会社が設立された当時、従業員数は三〇人位であり、一か月の売上げは約一億円もあった。右のような会社の大規模な経済活動の実体からすれば会社が法形式だけの形骸化した法人でないことは明らかであり、また会社が違法な目的のため、または何らかの意図のもとに法的責任を免れんとして設立されたという事実も全くない。

よって、本件は法人格否認の法理が適用される場合には該当しない。

更に、原告は本訴請求においては会社の法人格を前提とした主張をしておきながら一方で反訴請求においては法人格否認の法理の主張をなすが、このようなことは信義に反し許されないというべきである。

第三、証拠

理由

一、本訴請求について

1. 請求原因1(一)(本件設定契約締結)の契約内容のうち目的物件に本件土地(一)が含まれること、債務者に会社が含まれることを除くその余の事実、同1(二)(1)の事実及び同2のうち原・被告が昭和五四年一〇月二六日、長谷川司法書士に依頼して本件土地(二)につき本件登記手続をなした事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実に〈証拠〉を総合すれば、

(一)  原告が被告に対して継続的に販売する材木の代金は月額一五〇〇万円ないし二〇〇〇万円であり、取引を始めた最初の頃は被告の購入する全材木の九割近くが、また会社倒産時においても六、七割が原告との取引によるものであった。

ところで被告(会社設立後は会社)が材木の代金支払のため原告に対し振出していた約束手形の支払期日は振出日から五ケ月ないし六ケ月の長期間後に到来するものであったため、被者(会社設立後は会社)は原告に対して常時七、八〇〇〇万円、多い時には一億円の材木代金債務を負担していた。

(二)  原告は被告と取引を継続していくうえで被告から担保の提供を受けることが必要であると判断し、昭和五五年一〇月中頃被告の事務所を訪ね、被告に対し金額も大きいし、今後の取引のこともあるので担保を提供して欲しい旨申入れた。

なお、右申入れの時点では会社が昭和五四年九月三日に設立され、客観的には材木の継続的取引は原告と会社との間でなされていたが、原告は会社設立を知らなかったため、右取引は今後とも被告との間で継続されるものと信じていた。

(三)  被告は原告の申入れに対し、被告所有の尼ケ須賀の道路付の土地全部で倉庫のある土地約二二〇坪を担保として提供したいが、ただ右土地については既に銀行の一番抵当三〇〇〇万円が付いている旨を述べて、右土地を根抵当権の目的物件とすることにつき原告の了解を求めた。

原告は右土地の存在・形状等については材木納入の際に現場を見て知っていたので右土地を担保の目的物とすることに同意したが、事前に登記簿謄本をとるなどの調査をしていなかったため、右土地の正確な面積のほか右土地が本件土地(一)、本件土地(二)の二筆に分かれていること、本件土地(二)上に倉庫が建っており、本件土地(一)は公道と本件土地(二)を結ぶ通路部分に相当するものであることなどについては全く知らなかった。

(四)  原告は直ちに被告事務所から長谷川司法書士に電話連絡をとり根抵当権設定登記手続に必要な書類について具体的な指示を受け、右指示を被告にも伝えるとともに、被告との間で一〇月二五日頃、同司法書士事務所において双方右必要書類持参のうえ落ち合い、登記手続をとることを約束した。

被告は右約束の日時に同司法書士事務所に本件土地(二)の権利証を持参し、これを先に担保の目的物として合意した土地全部に相当する権利証として同司法書士に交付した。

(五)  そしてその場で原・被告はまだ取り極めていなかった極度額につき三〇〇〇万円とすることを合意した。右金額が極度額とされたのは、被告の方から右土地は一坪二五万円位で約二二〇坪あるので約五五〇〇万円から六〇〇〇万円の評価額になるが、一番抵当三〇〇〇万円の分を差し引くと残りの担保価値は三〇〇〇万円位になるので右金額をもって極度額としてはどうかとの提案があり、原告がそれを承諾したことによるものであった。

(六)  長谷川司法書士は登記申請に必要な書類の一つである根抵当権設定契約証書を作成するにあたり、記入事項のうち目的物件については前記権利証に基づき本件土地(二)を、また債務者については被告をそれぞれ記入したうえ、右書面に被告に署名・捺印させた。

そして同司法書士は原・被告の依頼により昭和五五年一〇月二六日、両名を代理して本件土地(二)につき本件登記手続をなしたものである。

原告は被告が持参した権利証及び右契約証書の内容を確かめなかったため、目的物件の面積が被告のいう二二〇坪に満たないことに気がつかず、先に担保の目的物として合意した土地全部につき登記手続がなされたものと信じていた。

以上の事実を認めることができる。右認定に反する被告本人尋問の結果は後記理由により採用することができない。

2. 右認定事実によれば原・被告は昭和五四年一〇月中旬頃、本件土地(一)及び本件土地(二)を共同担保として右土地につき根抵当権設定契約を締結したということができる。

右の点について被告は本人尋問において「原告代表者の方から被告に対し、同年一〇月頃、『倉庫の建っている土地』と指定して担保の提供を求めてきたので、被告は倉庫の建っている土地即ち本件土地(二)について根抵当権設定を承諾したものである。その際、被告は原告に対し、右土地の面積や先順位の抵当権の存在につき何ら説明をしたことはなかった。同月二五日に長谷川司法書士事務所に本件土地(二)の権利証を持参したのは原告の指示によるものであり、また同事務所において極度額を三〇〇〇万円と合意したのも原告の意向によるものである。」旨供述しているが、右供述内容は以下の点に照らして採用できない。

(一)  前記認定のとおり、本件土地(一)は倉庫の建っている本件土地(二)と公道との間を結ぶ通路として使用されており、右二筆の土地は利用上一体の関係をなすことが認められる。このような場合、右二筆の土地は一体のものとして担保価値が評価され、両者を共同担保として担保権が設定されるのが通常であって(前掲甲第一、第二号証によれば中京相互銀行は本件土地(一)、(二)を共同担保として第一順位の根抵当権を設定していることが認められる。)、右土地の形状を知っている原告において特に本件土地(二)のみに限定して担保権の設定を求めたとするのは不自然である。

(二)  また、前記認定のとおり、原告は「道路付きの倉庫の建っている土地」が二筆に分かれていることを知らなかったのであるから、原告の方から本件土地(二)を指定する趣旨で「倉庫の建っている土地」という表現を用いたとは考えられない。

(三)  原告は本件設定契約締結前に本件土地(一)、(二)について登記簿謄本をとるなどの調査をしていなかった(被告も原告は右土地について調査してきた形跡はなかった旨を供述している。)ことは前記認定のとおりであり、右事実によれば原告は被告に担保の提供を求めた際に右土地について正確な面積や先順位の担保権の有無内容について知識を有していなかったものと推認することができる。

ところで一般に土地に担保権を設定する場合、担保価値を把握するうえで土地の面積、価格、先順位の担保権の有無について知識を得ることが必要であるが、本件において原告は担保設定の申入れの際、前記のとおり、右土地に関する知識を有していなかったのであるから、右土地が担保の目的物件として適当であるかを判断するにあたり被告から右の点についての説明を受けたことは容易に推測できるところである。この点で原告代表者本人の供述は論理的に一貫性があり、被告の供述に比して信用できる。また極度額が決められた経緯についても原告代表者の供述により合理性があるというべきである。

(四)  仮に被告が供述するように原告において担保の目的物となる土地を「倉庫の建っている土地」という言葉で特定していたとしても、被告本人尋問の結果によれば被告自身本件設定契約締結当時、右土地の筆数及びその位置関係について正確な知識を有していなかったことがうかがわれ、当時倉庫の建っている土地と通路部分とを別筆として明確に区別していたか疑わしいこと、また前記認定のとおり被告は担保の目的物となる土地について約二二〇坪あり(本件土地(一)、(二)を合わせると約二二〇坪になる。)銀行の一番抵当が設定されている旨の説明をなしていることからすると、被告は目的の土地には通路部分である本件土地(一)も含まれるものとして理解していた(被告は本人尋問において通路部分について担保の目的物からはずしたつもりはなかった旨を一旦は認めている。)ことは明らかであり、いずれにしても原・被告の意思としては担保の目的物は「道路付きの倉庫のある土地」であったということができる。

3. 債務者について

前記認定事実によれば、本件設定契約の内容のうち極度額以外の事項については昭和五四年一〇月中旬に被告事務所における原・被告間の合意により確定したものとみるべきである。(この点について被告は本人尋問のなかで昭和五四年一〇月二五日に長谷川司法書士事務所において原告の方から被告を債務者として指定し、その旨記載のある根抵当権設定契約証書が作成された旨供述するが、右時点では債務者についての合意は既に確定しており、右証書は単に登記申請に必要な書類として作成されたものにすぎないというべきである。)

そこで同年一〇月中旬の被告事務所における原・被告間の債務者に関する合意内容について以下検討する。

(一)  原告の意思について

前記認定事実によれば原告は本件設定契約締結の際、会社の設立を知らなかったため、客観的には会社との間で取引を継続していながら、主観的には被告との間の取引が継続しているものと信じ右取引によって発生する債権を担保する趣旨で被告に根抵当権の設定を求めたものである。

右から明らかなように原告は本件設定契約締結の際、債務者に会社も含める旨の明示の意思表示をなすことは事実上不可能であったのであるが、仮に原告が会社設立の事実を知っていたとすれば原告は被告との間の継続的取引によって発生する債権のほか会社との間の取引によって発生する債権をも根抵当権の被担保債権の範囲に含める意思を有したであろうことは容易に推測できるところである。

そこで右原告の意思を合理的に解釈するならば、それは個人か会社かの法的形式はともかく現に材木の継続的取引をしている企業体である相手(被告・会社)との間において設定契約の前後を通じて発生する債権を被担保債権の範囲とするという趣旨の意思であったと解するのが相当である。

これに対し、被告は、原告は会社の設立を認識した上で、既に被告との間の取引によって発生していた債務に限って担保を求めてきたものである旨主張する。

しかしながら、右主張のうち原告が会社設立の事実を知っていたという点については以下のとおりこれを認めることはできない。

(1)  被告は本人尋問において原告に会社設立の挨拶状を出して通知した旨供述し証人石岡初男も同趣旨の証言をするが、右供述・証言は原告代表者本人尋問の結果及び証人加藤博の証言に照らして採用できない。

(2)  被告は被告事務所の看板を田中建設から田中建設株式会社に変えた旨供述するが、その時期については明らかでなく、仮に本件設定契約締結前に変更したという事実があったとしてもそのことから直ちに原告が会社設立の事実を知っていたと推認することもできない。

(3)  成立に争いのない乙第四号証の一ないし四及び被告本人尋問の結果によれば、会社設立後の取引については約束手形は会社名義で振出され、また原告も会社名義で領収書を発行していたことが認められるが、一方原告代表者本人尋問の結果によれば、現実に右手形の交付を受け、領収書を発行していたのは原告の集金担当の従業員であり、右の者は代表者に対し、会社設立の事実を報告しなかったことが認められ、以上の認定事実によれば原告側に若干の手落ちがあったということはいえるにせよそのことから直ちに本件設定契約を現に締結した原告代表者が会社設立の事実を知っていたと認定することもできない。

また、被告の前記主張のうち、被告との間の取引により既に発生していた債務に限って根抵当権を設定したとする点についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

(二)  被告の意思について

前記認定のとおり、

(1)  原告は被告との間の継続的取引により被告に対し少なくとも常時七、八〇〇〇万円の債権を有していた。

(2)  会社設立後は原告と会社との間において継続的取引がなされ本件設定契約の時点で取引が継続されることが予想されていた。

(3)  被告及び会社が購入する材木の六、七割以上が原告との取引によるものであった。

(4)  原告は「金額も多いし、今後の取引のこともあるので」

という表現で被告に根抵当権の設定を求めた。

ものであって、被告としては原告の担保設定申入れの趣旨は被告及び会社との間の継続的取引において発生する債権を担保するため根抵当権の設定を求めるものと理解し、その趣旨で原告の右申入れを承諾したと推認することができる。右推認に反する被告本人尋問の結果は採用できない。

(三)  以上によれば原告の合理的意思と被告の意思は債務者を被告及び会社とすることで合致しておりその旨の合意が成立しているというべきである。

4. 本訴の抗弁については、原告の主張する本件設定契約のうち債務者に会社が含まれると認められない場合に限っての抗弁であり、本件設定契約の成立が認められる以上主張自体理由がない。

5. 以上の認定事実によれば、錯誤により本件登記と実体上の権利関係との間には債務者の点で不一致があることは明らかである。

ところで一般に根抵当権設定登記と実体上の権利関係とを比較して債務者の点で不一致が認められる場合でも登記自体は実体上の権利関係と同一性があり有効であると解され、債務者につき実体上の権利関係に合致させるべく更正登記をなしても登記の同一性をそこなうことはないというべきである。

よって本件登記の債務者に会社を追加する更正登記をなすことは許されると解するのが相当である。

二、反訴請求について

1. 反訴の請求原因事実については当事者間に争いがない。

2. 反訴の抗弁1の事実については前記一認定のとおりこれを認めることができる。

3. 再抗弁については、前記一4と同一の理由により主張自体理由がないというべきである。

三、以上のとおり、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを正当として認容し、被告の反訴請求は理由がないからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 猪瀬俊雄 裁判官 満田明彦 多和田隆史)

〈以下省略〉

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